あなたは、毎日、どんな養生を楽しんでいますか?    
                     東海ホリスティック医学振興会 会長 恒川 洋 

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  .未曾有の超高齢・少子化社会になる21世紀の日本
 現代に生きる私たぢを取り巻く状況は、地球規模での環境破壊、構造化しだストレス社会など人類ががつて経験したことのない深刻かつ危機的なものとなっています.まさに世紀未的と言うにふさわしい、坂道を転がり落ちるように悪化の一途を辿りつづげる危機的な状況にどう対応し、どう乗り越えていくのか?おそらく、この難問に対して即座に、明確に解答できる人ほいないでしよう。
 
  また一方で、この地球全体の危機的状況の中で、2l世紀の日本は未會有の超高齢・少子化社会に突人していくと予測されています。わが国の平均寿命は男性77.19議、女性83.82籠と、先進国一の長寿記録を更新し続けています.また65歳以上の老年人口の推移をみますど、195O年代までは全人口の5%位であったものが、60年以降急速に伸ぴ始め、85年頃がらl0%を超え、現在では15%になろうという勢いになっています。
 
 今後の予測では、20O5、6年には2O%になり、さらに、2O2O年にば27%、つまり全人口の1/4以上が65議以上になるだろうと言われています.また、日本の高齢化のスピードは欧米先進諸国に比べても急速であり、より高齢者である75歳以上の割合をみると、1980年には諸外国中最も少ない3%であったものが2O25年には最も高率とな魯1O%以上に達ずるど推測ざれています。
 
 一方で、出生率は年々低下し、現在では子供の数の平均が2人未満となってしまいました。超高・少子化社会という言葉の響ぎの中には、残念ながら祝福すべき長寿社会というイメージば浮がんできません。超高齢社会とは、長命ではあっても病気がち、さらには寝たきり、痴呆などの介護を必要どする老人の社会のことであり、少子化ゆえに老人が老人を介護ぜぎるを得ない雅祝になるというのが一般的な見方であり今後の予想でしよう。
 
しがし一方で、「老人力jどいう新語や昨年の国民生活白書でも話題となった「生涯現役」という言葉に象徴される、老人あるいは高齢者という言葉から連想ざれるネガテイプなイメージを払拭して、歳をとることによって得られるものや力を見直す価値観や、高齢になっでも現役の社会人として生ぎつづけるというポジティプな見方も生まれてきています。

2.「内なる治癒力」の活性化なくして、日本人は21世紀を生き抜くことはできない
 このように悲観的にも、楽観的にも見通される21世記という時代を、私たちはどのように生きていけぱいいのでしようか?
これは、危機的状況にある地球に生きる現代人すべて突き付けられた問いかけであろうと恩います。私は、政治家でも実業家でも教育者でもなく一人の市井の医者として、さらには一人の人間としてこの問いに対すろ答えを捜し求めてきました。

現代西洋医学の真っ只中にいながら、西洋医学者の立場からしてみればダプーを犯すことになり、一種の掟やぷりともいえるホリスティック医学という魔界(?)に頭を突っ込むこどI0年、満身創痍になりながらようやくその答えらしきものを掴めたような気がしまず。しかし、その答えは、ごく当たり前の、ありふれたことにすぎまぜんでした。

 つまり、21世紀の生き方のキーワードば、『私たぢの「内なる治癒力』の活性化」ということです。
「内な魯治簑力』とば、自然治癒力とか自己治癒力とも呼ばれ、日本では自然良能とも言われる、いのちあるもの総てに備っている目にみえない力です。私たちが病気やケガをした時、体はそれらを治したり、修復しようとしますが、それが「治籔力』であり、私たちが生きていく上で欠くことのできない根源的な力です。

「病気になる」とはこの「治癒力』がバランスを取ろうとしている状態であり、「死」とは「治癒力」がなくなったことと言い換えてもいいかもしれません。いわば、生命力そのものであり.回複力、抵抗力と呼ばれるものもその中に含まれているのですが、どういう理由か医学用語辞典には載っていませんし、「治癒力」あるいは「治癒系」ということについて医学部では教えていません。

一方、私たちの心身を常に守ってくれている生体防御の力やシステムを「免疫力」、「免疫系」と呼んでいます。「免疫系』は、、多くの現代西洋医学者が多大の関心を寄ぜている重要なテーマであり、盛んに研究され、医学教育や医療の現場でも日常的に使われている言葉でず.しかし.「免疫力』、「免疫系」と呼ばれているものは、「治癒力Iの一部にずぎないのです。
 
 余談ですが、この「治癒力」特に「自然治癒力」という言葉が西洋医学の中から抹殺された経緯には、実は文明の発達や科学的思考の普及という「近代」という時代が深く係わっており、大変興味深いのですが本稿では紙幅が許すされないため別の機会にお話します。要するに、私の結論は西洋医学すなわぢ現代医学の現場では死語と化している「治癒力』の活性化なくして、何人も危機的状況がさらに進むであろう21世紀を生き抜いてはいけないということです。

難病に苦しむ多くの患者さんたちと接してきた経験から、私は外的な様々な困難やストレスに対抗し、薬の効果を上げ、手術を成功させ、最後に治癒に導くものは、結局、私たちの「内なる治癒力』に他ならず、すべて『治癒力』次第であると確信するに至りました。そして、この「治癒力」が活性化されるがどうかの鍵は、私たち一人ひとりの日常生汚の過ごし方の中にあるのではないかと考えるようになりました。

つまり、「私たちの「内なる治癒力」の活性化」の主役は、薬や手術や医療者ではなく、あなた自身であり、あなたの日常生活の過ごし方そのものが「治癒力」を左右するのです。
そして、「治癒力』を活俊化させる日常生活のことを、これも現代では死語となっている『養生』と呼ぶことにしました。

3.『内なる治癒カ』の活性化の鍵は日々の『養生』にある
古代中国の代表的医学書である『黄帝内経』の中に、「上工不治己病、治未病』という言葉があります。この意味は「上等の医者は、既成の病気を治すというよりも、未病を治す」ということで、中國医学で二干年以上も前に病気予防の重要性に気づき、「病気にならないようにする」ことを最高の医療として位置づけていたと推測できます。

 そして、病いにならないように、また未病の状襲を改善するために、食養生をはじめとした様々な日常生活における養生法が発達しました.一方、日本においても江戸時代の儒学者、貝原益軒が「養生訓」を著わし日々の生活おける具体的な養生法を説いています。

 益軒は、養生の道とは、身を損なうものを去ること、つまり「内欲」と呼ばれる、飲食、色欲、睡眠、饒舌の欲と七情(喜、怒、憂,思、悲、恐、驚)を慎み、「外邪Iと呼ばれる天の四気(風、寒、暑、湿)を除いて、適度に体を動がし、心を常に和楽に保って!日々を過ごすこととしています。
 
 このように、近代医学の恩恵に浴する以前の人類は、古今東西を問わず「病気にならないようにするための知恵」である養生を守って生活していたわけです。Lかし、「病気を直す為の知恵」である近代医学の多人な恩恵に浴し過ぎた私達「現代日本人は、「病気にならないようにするための知恵」を忘れ、失ってしまったのです。

そこで、私のクリニックでは、昨年11月から月1回、危機的状況にある地球の上で構造的ストレス社会に生きざるを得ない現代日本人にとっての養生生活法とは何か?をテーマとした公開講座をスタートしました。毎回、日々、養生を実践されている多彩なゲストとのトークやワークを通じて、闘病中の人も半病人、半健康人.健康な人それぞれが.日常生活の中で十分活用でき現代社会にマッチした新しい養生法を参加者のみなさんと一緒に考えて見たいと思ったからです。4、小さな『養生』の積み重ねを楽しむ『養生』とは、生(いのち)を養うことであり、単なる健康法でも病気予防の方法でもありません。

益軒の「養生訓」には、人生を健やかにイキイキと生ききるため知恵と倫理が分かり易く、端的に説かれています。まだ読まれたことがない方には、是非読まれる事をお勧め致します。ただ、もしこれから養生を始めようと決意だれた方には助言したい事がひとつあります。一般的に、「養生」という言葉には、益軒の時代のようにに激しい社会の掟を幼児期から当たり前として生きていた人達だからこそ出来た、禁欲的で修行のように辛いことという硬いイメージがあります。

Lかし現代人にとっての養生が、修行のように我慢を強いる、厳しく辛いことであったなら長続きするはずはありません。
現代人ができる養生とは,日々続ける煩わしさや多少の辛さがあっても、続けることで毎日が健やかにイキイキ元気でいられる、楽Lいことでなければならないでしよう.したがって、まずは意気込みすぎずに,毎日楽しく続けられること、いわば「養生を楽しむ」といったソフドな感覚で始められることを選ぷようにした方がいいと思います。

 最後に、養生とは.病気の人、健康な人を問わず、その時のその人なりの生(いのち)を養うために、日々、小さなこどを績み重ねていくことであり、この小さな養生の積み重ねこそが「私たちヴ)『内な治癒力』の活性化」につながる碓一の道であると確信しています。(HOLS通信VOL.28 1999年2月号)

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