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−口に言えば、誰もが平等にトップレベノレの治療を受けられることではないでしょうか。
言葉にすると、いかにも簡単なことのように思えますが、現実ば、それとは裏腹.専門家でもない医者に診察され、誤診されたり、がんを見落されたり.新しい技術を身に付げていな い外科医に手術され.舎併症に悩まされたり、命を落としたりというこどが日常茶番事おきているのです。
由々しきことなのですが、一部でしか問題にならないのは、闇から闇に葬り去られているケースが多いからでず。
こうゆうことが.今の社会でなぜ起こっているのでしょうか。
結論から言えば、医療に仕組みがないからてす。医者と名がつけばどんな医療も出来外科医ならば、どんな手術も手掛けられる。あとは医者の良心次第。困るのは医者によって”良心”の中身がまるきり違うことです。なかには、患者を増やし収入をあげることだけを“良心と思い込んである医者すらいます。それを患者が見破るのは至難の業です。だがらこそなんらかの“仕組み”が必要になってくるわけです。
専門医を多くかかえる大学病院や総合病院でもおかしなことが起こっています。近くに信頼でぎる開業医(診療所}が見つからないためか、「熱が出た」「頭が痛い」『お腹が痛い」といって大学病院や総合病院に駆け込む患者が、後を断たないのです。ある大学病院の検査では、外来患者〔新患)のなかで治療を必要とする患者は30%しかいなかったといいます。病気でもまい残り70%の人のだめにこ長時間待たされ、診察時間が圧縮されてしまうわげでず.ここから「3時間待ちの3分診察』という言葉さえ生まれましだ。
問題なのはこのために思い病気をもっている人が、効率のいい検査やタイムリーな治療を受けれなくなっていることでず。これが医療と言えるでしょうか。専門医を多く抱える病院は重い病気をもつ人のためにあるべぎです。そして、一般の開業医は、重い病気なのか軽い病気なのかを見分けて、重い病気のときは直ちに専門医に紹介することを任務とすべきなのです。
このごく当たり前のことが、わが日本ではなぜできないのでしょうか。それは、金が絡んで守備範囲がクシャクシャに錯綜してしまったからです。野球を例にとって説明すると守りにつくべき9人のボジションが決められておらず、ライトやセンターの外野選手がサードやショートの隣にまできて転がってくるボールを奪い合っっているのと同じ構図です。これではゲームー医療にはなりません。
理想的な野球をやるには、9人がそれぞれハッキリどしだポジションを持ち、その範囲をしっかりと守ることが必要条件です.次に誰をどのポジションにつけるのかが間題になりますが、その場合に基準になるのは選手の特性の客観的な評価です.足の遅い選手を外野手にもっていけば,外野ば“穴”だらけ。医療でもこれと同じことが言えます。医療の場合、9つとはいかなくても4つくらいにはポジション分けはすべきでしょう。
倒えば、
@診療所(A−B−C)
A一般病院
B専門病院(がんセンター、循環器病センタなど)
C大学病院・総合病院一ーーなどです。
ぞれぞれの守備範囲聞をきちっと分け、@かAを経由し、そこのカルテと紹介状を持参しないとBとCにばかかれないように法制化すれば、「3時間待ちの3分診察も解消され、医療の効率化、適正化も図れま。
この場合、聞題になるのは専門医のレベルアッブをいかに図るかです,まずは、認定形式を変えることです。現在のように学会単位のばらばらな認定形式ではなく、第三者の機関が一括して管理し、5年ごとの更新制で実績と技術力をチェックする仕組みにすべきでしょう。ここで実績というのは、誤診率、手術直接死、合併症の割合などです。この情報をアメリカのようにすべて公聞制にし、一般市民が必要に応じて自由に活用できるようにすれば、専門医のレベルアップは図れるし、常にトップレベルの医療も受けられることにもなります。
そして.外科系の専門医では定年制も導入すべきでしよう。手が震えているのにこメスを握られては切られる方がたまりませんから。
こうゆう仕組み一一ーシステムを維持するのに最も欠かぜないのは、診療報の抜本的な見直しです。最初に必要要なのは、一般の診療報酬の他に守備範囲と地域性を考屡した開業医に対する「最低賃金制の導入です。僻地、市町村部、中都市、大都市などと収入の難易度に応じてランク付けをし、5O0〜800万円程度をお保証するようにするわけです。
それと並行して専門医における技術も難易度に応じて評価し、妥当な点数を付けるのも不可欠でしよう。このシステムが導入できれば、薬の過剰投与、重複検査査が抑制され、5〜7兆円は浮く勘定になり、その一部を「最低威厳賃金制」に回せることになるわけです現在の国民医療費は、27兆円、l5年後の2010年には約70兆円になると試算されていますが、そうなったら日本の医療は間違えなく破綻します。今こそ医療に新システムを導人し、医療の理想的な姿を求めるときです。
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