隣人の考えを受け入れたいと思います
                               
                              田中和子  マーハン・パドマ主宰
                              アーユルヴェーダ医学研究家
1998/4 vol/23
  風変わりな習慣
 インドのラジャスタン地方で働く女性たちは、サリーを縫い指輪や腕輪、さらに足輪に加えて足の指にも飾りを重たいほどに着けていました。これらは彼女たちの保障と投資と永遠の女性美の証しであり、習慣です。この、私たちからは一風変わった風習を、非難したり笑ったりすることができるでしょうか。外からみて変わった風習や習慣は、どこにでもたくさんみられるはずです。

  1杯こなった器は役に立たない
<いっぱいに満たされた杯は役に立たない>…これは中国の古諺です。仮に杯の内容が偏見や偏狭や嫉妬など、否定的な醜い要素で充たされていると考えてみてください。もはや、知彗や洞察カや分析カなど、肯定的な思考や愛情で充たすことはできません。入る余地がないということと、もしも少しばかり入ることができたとしても、先に存在する否定的な要素に中和され、肯定的な恩考が希薄になってしまいます。
       
  まず容れ物を造ろう
 私たちが普通に親しんでいるヨーガはハタ・ヨーガといって、生理的なことをとりあげながら精神的な深みに到達しようとします。このヨーガには<壷のヨーガ>という異名があります。壷は水をいれる壷です。泥をこねて造ったぱかりの壼はカッチャ つまり生の状態で、水に出遭たとき、もとの泥に戻ってしまいます。ところが火を通して焼成すると、水を容れられるパッカとなります。このパッカの状態に自身を造りあげようというのが、ハタ・ヨーガです。
 恩恵や喜びを受け容れることはいうまでもなく、ひとたぴ入った壷の内容物は、強い壁に護られてさまざまな影響を受けることなくいられます。これは・いつの場合にもあてはめられると恩います。さまざまなものを受け容れられる容器を造ることが、はじめに必要なのではないでしょうか。

  操舵部の羅針盤
 擾れた羅針盤があれぼ、どんな天候のもとでもどんな海でも、夜となく昼となく、安全に航海し続けることができます。ヨーガは〈ヨーガの八支>という羅針盤をもっています。自身の知識や理解、天賦の知恵などを海図にして、生き方の航路を決めます。羅針盤で正確に読むように、私たちは、他を受け容れるだけではなく、正しく理解し読みとる智彗蟹を育てなけれぱなりません。海が凪いだり荒れたりするように、壷に入ってくるものもさまざまでしょう。必要に応じた正しい航路を読むように、正しい判断をしたいものです。
 
  馬の遮眼帯
 神経質で気の弱い馬に、しばしぱ一方向しか見えない遮眼帯がつけられます。
人間も、目の前のものだけを見ているほうが安心だったり、落ち着くということがあります。また、自分の好みのことだけ見たり行なったりということも多いでしょう。そこには、無知や偏見、先入観、頑固さ、尊大さなどが巣くっている場合も多いようです。これまでの習慣や安易さもあるでしょう。馴染んだことだけを快適と決めてしまわない勇気をもつのも、とてもいいことだし必要なことだと思います。
 
  非難することは理解することではない
 私たちは、自分と異なる習慣やものの考え方を、一方的に非難したり排斥したりしてはなりません。非難することはけっして理解することに繋がらないからです。これぞ唯一、絶対というものはなく、誰もがそれぞれの歴史や環境のなかで生き方や考え方を培ってきています。心をひらいて他人の思考法や行動、生活法を受けいれるのが本来だと恩われます。そのためには、私たちは自分という器を常に肯定的なもので満たし友人に分かち、さらに新しい内容を注ぎこんでいかなけれぱなりません。新しい内容を得るとき、理解という寛容な姿勢が、カ強い助っ人になるはずです。

  理解することは容易ではない
 私が携わるヨーガという狭い範囲でのことですが、とても残念だと、常々感じていることがあります。ヨーガに、さまざまな目的で親しむ方は、たくさんいらっしゃいます。みなさん寝付がよくなったり、頭痛や腰痛が軽くなったりと・即時的な効果を喜ばれます。つまり、現代生活の慌ただしさの中でリラツクスし、健康をとり戻すための効果的な方法を身につけたと、喜ぱれるのです。しかし、方法がわかったことは食ぺ物の味がわかったということで、それを消化し、躯のなかで酥をつくりあげ、精髄(エッセンス)をのむこととは違います。この混同がさぴしいと感じています。同じようなことが、他でもいえるでしょう。理解することは、とても難しいことだと考えますが、理解することで判断が正確になり情報に惑わされなくなります。

  呼吸は、出す息が主
ヨーガでは<出す息が主で入れる息を従>とします。^何事も同様だと思います。とてもあたりまえのことですが、まず器を空にして・新鮮なものが入ってくるようにしたいものです。生き方全体がおおらかになり、カ強くなるはずです。

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