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●セカンド・オピニオンの市民権
4月からセカンド・オビニォン〈SO)に保険点数がつきそうです。それで取材をさせていただきたいのですが一」 今年1〜2月にかけ医療専門誌(紙)数社からこのような電話が入り、取材を受けました。 セカンド・オビニオンを推進させる会」を発足させて3年9ヵ月。やっとここまでこぎつけ.たか、と言う思いと、いやまだ早い、という気持ちが錯綜しましたが、答えはすぐに出ました。「時期尚早」でした。SOについて正しく定義づけもされていないからです。もし、全ての医師による第二の意見がS0とみなされれば。意味がないようなSOがそこここに蔓延し、医療費の無駄遣いに拍車をかけることになります。SOを担当する医師が、主治医より手術数や症例数が極端に少なかったり、医療技術が低かったりしたら、その意見を聞くことによって逆に最適医療から遠ざかることもありえます。これではSOを何のために導入したか分からなくなってしいます。「疾患を限定し、担当医師を資格制度にすべき」というのが、取材を受けたときの私の結論でした。SOの導入は今回見送られましたが、これでよかったと思います。1年間くらいをかけてパイロットスタディーを行い、それを受けて制度化に向け議論すべきでしょう。見送りの代わりに4月から「SOに協カしている」ことを標榜してもよいことになりましたが、これも問題があります。SOの定義付けがされていないのに何を持って「協力している」とするのでしょうか。いずれにせよSOが必要な医療システムとして議論され始めたのは、会としては大変な成果であったと自負しています。
●垣川先生のひとこと.∴
SOを推進させる会を立ち上げるきっかけを作つていただいためは恒川先生でした。「医療界が閉塞しきっていて外から風を吹き込まないと窒息しかねない。中村さん、何とかしてもらえませんか」。恒川先生から一緒に食事をしているときに突如、こういわれたのです。6年程前、私が新聞記者時代(東京支杜勤務)のことです。
「若い医師が、上司からは売上を上げるように指示され、一方患者さんからはもっと時間をかけて詳しく説明をしてほしいと要望され、“病院経営”と“在るべき医療''という相寄れない課題の狭間に置かれて悩んでいる」「能力のない医師が医長に就任するなど教授の好みで決まる不透明な医局人事にやる気をそがれている」ということでした。
そんなに閉塞している医療界に一介の新聞記者が風を吹き込むなんてことは、どう考えても不可能なことです。「何故そんなことをいわれるのだろうか。酒を飲みすぎたせいなのか。しかし、口調はしっかりしている。本気なのだ」日が経つにつれ、恒川先生の言葉は大脳の片隅から消えるどころか益々広い領域を占めるようになりました。時を合わせるようにしてインフォームド・コンセント(IC)の間題点が、私0)耳に飛び込んできました。「抗癌剤が効かないから余命はあと3ヵ月です、と説明している医師もいる。'これでは患者は主治医から見捨てられたと思う。なんでも説明をすればい いというものではない」「合併症や後遺症などでデメリットには触れず、メリットしか説明をしない。これでは簡単に患者をだませるし、手術に誘導することもできる」「説明を盾にとってあとは自分で決めなさい。と突き放す医師もいる」そんな指摘を耳にして、「やはりか」と思いました。日本ではまだ医療情報が公開されていません。そんな中でのICの導入は本末転倒と思っていたからです。情報干あって主治医の説明が初めて客観牲を持つわけですから。情報がな<てはその説明が客観的なものか、主観的なものか判断がつきません。判断ができない中どうして同意に辿り着けるのでしょうか。ICの導入は、周りの環境が整わない中でのもので、最初から無理があったのです。このまま拱手傍観していたら歪んだ ICはさらに広がりそれに翻弄される患者.さんは増えるばかりです。
●SOとの出会い1
歪んだiCの歪みをとるには、どうすればよいのか一そのときに思い至ったのがSOでした。主治医以外の専門医に意見を聞けば、主治医の意見と比較ができます。その結果として主治医の意見が歪んでいたかどうかも判断できます。また、主治医としては自分の説明の後にS0の医師が待ち構えているとなれば、不適格な説明やいい加滅な医療行為は差し控えざるを得なくなります。ICのマイナス要素を補完するのはS0しかないという思いでした。ICとSOはまさに”車の両輪''である。そういう思いに至ったとき、心の中では新聞記者をすでに辞めていました。恒川先生から「風を吹き込んでよ」と言われて、半牢後のことでした。会杜を辞めたのが1997年3月、「セカンド・オピニオンを推進させる会」を発足させたのが翌年の98年6月でした。会を立ち上げるのに1年がかかりました。多くの医師に共感を得るような活動要綱にしないといけないと言う思いから恒川先生はじめ金子一郎さん、福井良治先生ほか多くの先生に相談に乗っていただきました。中でも最もサポートしていただきましたのは、福井先生でした。S0がほとんど知られていない中で普及させようとするには、患者にも医療者にも受け入れられるシステムでないといけないということで、福井先生に要綱の原案を何度も目を通していただき修正に修正を重ねてやっとスタートができたのでした。
●SOの会のスタート
最大の課題はSOを担当していただく専門医をどめように探すかでした。個人的に存じ上げている信頼できる先生35人にご協力を頂き、技量・人間性ともに「ふさわしい医師」を推薦していただきました。推薦された先生に同じようにアンケートをお送りしてS0医師の輪を広げています。2002年10月現在で700余人になります。会の特徴は、患者さんが検査データを持参して専門医に受診してSOを聞いてもらうというシステムを採用している点です。SOを受ける条件として@主治医から病名、治療方針について十分に説明を受け、判断できずに迷っているA主治医から検査データを借りられる一の2点を満たしていること。訴訟を目的にしている場合は対象外です。会の発足については、朝日、読売、毎日、日経などの全国紙を始め、地方紙8杜、専門誌、週刊誌、そして各テレビ局で紹介をしていただき、大変な反響を呼びました。NHKの「生活ほっとモーニング」で紹介されたときは2週間電話が鳴り止みませんでした。発足以来4年6ヵ月になりますが、会に寄せられた電話は3万件を超えました。しかし、その多くはSOの対象ではなく、主治医の説明が十分ではなかったり、病院を変りたい、いい医師を紹介してほしい、といったものです。S0の条件を満たした方はわずか3〜4%で、実際に受けた方は300人余です。その中で主治医とSO医師の意見が異なったのは約10%になります。誤診であったのが5例、主治医の薬の投与方最新のガイドラインから大きく外れていた例が20件余などです。90%で主治医とSO医師の意見が同じでした。
同じであることを確認できただけでもSOを受けた意味があります。主治医に対する信頼度が以前より強まり治療に取り組む姿が積極的になった方が多く、次のような感想が寄せられています。「精神的にゆとりが生まれ、病気と関っていく心構えができました」「事例を交えた説明で迷いを払ってくれた」「疑問や不安が取り除かれ、手術の必要性に納得ができました」
●課題
第一はSOの本質が医療者や患者にもまだ十分に理解されていない点です。誤りの多くは主治医の診断をジャッジ(裁定)するものと 捉えていることです。主治医とSO医師はあくまで対等な立場にあります。本来あるべき'SOの構図は、患者が主治医の意見を前提に、 弟ニの意見を聞いて、それを参考にして治療法を自己決定する一というものです。判断するのはあくまで患者で、SOは単なる判断材料に過ぎないのです。二つ目は、患者の意識です。検査データを借りることを申し出ると、主治医に嫌な顔をされるか、断られると思い込んでいる方がまだまだ多いようです。時代は大きく変わってきており、検査データを貸し出す病院が急ピッチで増えております。日本看護協会の調査では、データを貸し出すと答えた病院は80%以上になります。ただ、病院側も貸し出すことを患者にアピールしていないなど間題はあります。S0が恒川先生の言われた「閉塞した医療界の新しい風」になっているかどうかは定かではありませんが、SOが正 しく理解されて全国的に普及すれば、誤診が大幅に減るだけでなく、目本の医療が驚くほどレベルアヅプすることは間違いないでしょう。歪んだICが姿を消すだけでなく、過剰検査・投薬、粗診・粗療などが第三者、しかも、専門家にチェヅクされることになり、修正を余儀なくされるでしょう。つまり、医療内容がガラス張りになり、いい加減な医療行為が姿を消さざるを得なくなるわけです、患者中心の医療かどうかも白日の下に晒されることになり、心なき医療もいずれ自然淘汰され'ます。このようなシステムが根付いたとき、初めて医療界に「新しい風が吹いた」と、言えるでしよう。
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