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「尊厳死法制化」フオーラム 終末期医療の明日を考える |
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<資料集> とき2006年4月22日(土)午後1時〜4時 ところ東京・大手町サンケイプラザ 開会 午後1時 挨拶 井形昭弘(日本尊厳死協会理事長) パネルディスカッション 基調報告 荒川迪生(日本尊厳死協会副理事長) パネリスト報告 中山太郎(尊厳死法制化を考える議員連盟会長) 池永満(患者の権利オンブズマン委員会代表) 橋本信也(前日本医師会常任理事) 休憩午後2時30分〜15分間(質問票を受け取ります) 再開午後2時45分 質疑応答 コーディネーター報告井形昭弘(日本尊厳死協会理事長) 閉会午後4時 パネリスト・報告者プロフィーノレ敬称略 ○基調報告者 荒川迪生・日本尊厳死協会副理事長 あらかわみちお 岐阜県輪之内町で開業医。 挨拶 井形昭弘(日本尊厳死協会理事長) パネルディスカッション 基調報告 荒川迪生(日本尊厳死協会副理事長) パネリスト報告 中山太郎(尊厳死法制化を考える議員連盟会長) 池永満(患者の権利オンブズマン委員会代表) 橋本信也(前日本医師会常任理事) 休憩午後2時30分〜15分間(質問票を受け取ります) 再開午後2時45分 質疑応答 コーディネーター報告井形昭弘(日本尊厳死協会理事長) 閉会午後4時 ○パネリスト 中山太郎・尊厳死法制化を考える議員連盟会長 なかやまたろう 自民党衆議院議員(大阪18区選出)、衆院憲法調査特別委員会委員長、元外務大臣、医学博士。 橋本信也・前日本医師会常任理事 はしもとのぶや NPO法人医療教育情報センター理事長。2004年から2006年3月まで目本医師会常任理事として学術、先端医療などを担当。東京慈恵医大教授として長年、医学教育に携わってきた。 池永満・患者の権利オンブズマン全国連絡委員会代表 いけながみつる 弁護士(福岡弁護士会)、NPO法人r患者の権利オンブズマン」全国連絡委員会代表、福岡大学法科大学院教授。患者の権利法制定運動に取り組み、九州弁護士連合会人権擁護委員長も歴任。 ○コーディネーター 井形昭弘・日本尊厳死協会理事長 いがたあきひろ 名古屋学芸大学長、医師。鹿児島大学付属病院長、同学長、あいち健康の森科学総合センタ」長を歴任。国の脳死臨調委員を務めた。 ○司会 飯野奈津子・NHK解説委員 いいのなつこ NHK記者として警視庁、厚生省を担当した。1999年から解説委員として、医療、福祉、年金、女性問題を担当。 資料1 尊厳死法制化フォーラムの目指すもの 日本尊厳死協会理事長 井形昭弘 医学、医療の進歩は留まるところを知らず、多くの命を救い、わが国は長寿世界一を達成した。しかし、いかに医学、医療が進歩しても命は有限であり、不治、末期の状態は厳存する。そこでは進歩した延命措置がかえって苦痛を強制し、尊厳なる生を冒す場面がしばしば見られるようになった。 この状況を背景に不治、末期ないし回復不能な植物状態において、意味のない延命措置を拒否し、自然の摂理に任せて死を迎えたいとの尊厳死運動(自然死運動)が生まれたのも時代の流れでもあろう。 患者の側からは無意味な延命措置で苦痛を強制されて白然な死が迎えられない状況があり、延命至上主義に育った主治医にとっても死にゆく患者の苦痛にいかに対処すべきかと延命至上主義との間に'脳む状況は日常的に起こっており、今回の射水市民病院問題もこの様な背景の中で起こったといえる。 われわれは本人の意思をもって自然死を迎える尊厳死運動を展開しており、会員数は1976年発足以来しだいに増加し現在約1!万名、種々の啓発運動を行い、昨年6月尊厳死の法制化を目指して14万名の署名を添えて国会請願を行った。これを受けて尊厳死法制化を考える議員連盟が発足、議員立法を視野に活動が展開されている。 このフォーラムでは議員連盟の中山太郎会長をはじめ、関係団体からの代表をお招きして協会の主張をも交えて種々討議することを目指した。尊厳死は人類共通の問題であり、欧米の先進国では既に法制化されている国が多く、杜会に定着しているといえる。ここでは色々な議論を出しあって、未来に向けて種々の意見を集約し、尊厳死法制化について語る機会を演出したい。成熟した杜会では生と死の問題は避けて通れない。この機会が法制化推進の」つのマイルストーンとなることを期待したい。 以上 資料2 基調報告 尊厳死を考える 日本尊厳死協会副理事長 荒川迪生 はじめに 尊厳死という言葉が世問の耳目を集めているが、死の迎え方はさまざまであり、その主張も異なる。海外事情も概観して、当協会の見解を述べてみたい。 不治で不可逆的状態における「尊厳死」 「世界医師会総会、改訂リスボン宣言(1995年)」には、「患者は、人間的な終末期ケアを受ける権利を有し、またできる限り尊厳を保ち、かっ安楽に死を迎えるためのあらゆる可能な助カを与えられる権利を有する」とある。ここに言う尊厳の明確な定義はないが、おそらく、死を迎える患者としての人間的なケアを受ける権利という意味であろう。 「尊厳死」の定義 自己決定と尊厳 人間の尊厳とは、完成された自律による不変的な自己決定をするものが至上とする考えから、揺らぎのある自己決定こそ大切だと考えるもの、人問のみならず、生死という運命を共有する生命体全体であると考えるものまで、いろいろある。いずれにしても、尊厳とは自己が最も大切とする考えであり、その尊厳に優劣があろうはずはない。ましてや、他人にその判定を許すものではなかろう。 末期状態の末期延命措置 法制化国を含めた多くの国では、「末期状態とは、疾患が不治で不可逆的であるときで、1)死が間近に迫っている臨死期(臨終期)と、2)持続的植物状態が相当する」としている。いわゆる緩和ケアが主となる“6か月"という長い終末期ではない。疾患が進行し、意識も低下し自己判断ができず、「リビング・ウイル」に指示していることを実行することだけが合理的と考えられる臨死期がひとつである。持続的植物状態では診断確定に必要な3か月を超えて、さらに数か月間持続した場合で、今日の医療では可逆的になることはないと考えられる末期状態がもうひとつである。 人は意識のある限り、インフォームド・コンセントの原理に基づき、自分で理解し、自分で自己の治療方法を決定することができる。しかし、意識も低下し死が極めて間近である臨死期や、意識がまったくなく、自分では生きることも死ぬこともできない持続的植物状態時に「自然死」を求めることは当然の権利ではなかろうか。少なくとも、他人の権利を侵害しない限り、白己の価値観を評価される筋合いのものではなかろう。そう望む人のためには、手続きを定めた法律を制定し、患者側にも医療者側にも十分理解が及び、杜会支援も十分な温かい末期延命措置の整備を求めてゆきたい。 諸外国に学ぷ代行意思決定 代理人の多くは家族であろうが、本制度の利点は、「リビング・ウイル」に副って、本人の意思を代行できるからである。代行権者が明確であるので、本人の意思を最大に尊重し、末期延命措置の混乱を最小にすることができる。わが国での後見人制度では、このような医療事項の代理決定権はないので、本人の意思が不明確な場合の混乱が著しい。 また、日本の現状では、「リビング・ウイル」を持たない人が圧倒的に多く、本人の意思が奈辺にあったのか推定困難な場合が多いと考えられる。その場合の末期延命措置については、司法判断、医学・倫理委員会判断、家族判断などがあるが、家族判断を重視するのが現実的であろう。しかし、家族の合議などという日本的な家族判断では十分でない場合がある。米国では、家族の決定権優先順位があり、その方法に従った意思代行により、担当医は生命維持措置の不開始、中止を決定できるとする法律がある。その順位とは、1)患者の配偶者、2)患者の成人の子、3)患者の両親、(以下略)である。このような制度を参考にして手続きを明文化すれば、わが国で、こんにち生じている末期延命措置の問題の一部の解決が見込まれる。 末期延命措置は指針よりも法制化を 末期疾患に苦しむ本人や介護に疲れ果てている家族を救う杜会を構築するとともに、医学的な水準に立ち毎日の医療行為を適切に判断し、実施するだけが精一杯で、これもまた、疲れ果てている医療者を支援する医療改革を模索すべきではなかろうか。医師が個別的なガイドラインに従って、個別的な努カで実施すれば「尊厳死」の杜会的理解は得られるとする考えは安易過ぎるのではなかろうか。 「尊厳死」に関係する判例をいくつも重ねて、不文法として杜会的規範を構築する手法は、日本では少ない。判例は、厳密に言えば、個々の実例にのみ対応できるものではないだろうか。医療杜会に合致した具体的基準は、患者の支援体制を充実する杜会環境と医療環境とにきめ細く配慮した基盤の整備などを構築して、患者側と医療者側とが一緒になって心を通わせ、広く国民が理解できるものでなければならない。それは、医療分野の一部における指針などの個別的事項ではなく、国として「国民の尊厳死の権利」という基本的人権を保障する総体的な法律を制定することで、末期患者の権利が確立されるものであろう。法制化されていてもなお、「尊厳死」の裁判事例が続く米国の例を見ても分かるように、まず、「尊厳死の権利」をきめ細かく定義し、法制化して、弾力的に運用し、それと同時に、杜会支援体制を整える包括的、根本的施策が急務であることを主張したい。以上 資料3 尊厳死法制化を考える議員連盟の活動について 尊厳死法制化を考える議員連盟(会長・中山太郎衆議院議員)は、立法化運動を続ける日本尊厳死協会の要請を受けて2005年4月5日、正式に発足した。当初の参加議員は超党派の衆・参両院議員60名。「尊厳死法制化の実現を図る」ことを目的に総会、勉強会を重ねている。現在の参加議員は衆・参両院議員66人。 議連設立までの経過 また2004年3月、全国会議員に協会から「立法化の是非」を問いかける議員アンケートが送付され、「賛同」を表明した衆院37議員、参院17議員が中心になって議員グループの結成が検討された。2005年2月23日、議員連盟結成に向けた世話人会で、日本尊厳死協会から立法趣旨の説明を受け、「尊厳死(仮称)法制化を考える議員連盟」の結成を確認した。議員連盟は4月5日に正式発足し、法制化の実現をめざして勉強会の開催など活動方針を確認するとともに、役員を次のように決めた。 現在の活動 この問、日本尊厳死協会が13万8020人の「立法化」賛同署名を集め、2005年6月7日、衆議院議長、参議院議長に「立法化」請願書を提出した。議員連盟所属議員が中心になって自民、民主、公明の72議員が紹介議員になった。 2005年8月の衆議院解散による総選挙を経て同年11月から、衆院46名、参院21名の計67議員で活動を再開。「2006年中の議員立法提案をめざして、具体的な条文作成上の疑問点など議論を尽くす」ことを確認、勉強会を重ねて関係各界からのを意見を聴くことになった。ヒアリングは現在も続くが、これまでの開催は次の通り。 2005年11月30日 日本医師会(常任理事・橋本信也氏) 賞科4 尊厳死を考える 紀元前5世紀、医聖ヒポクラテスは、医師の誓いの中で、「頼まれても死に導くような薬を患者に与えない」と諭した。こうした考えは、洋の東西を問わず、医師の伝纐勺な倫理感として医師育成の中で深く教え込まれてきた。 しかし一方、一般社会において古代ギリシア人や口―マ人は、ただ生きるだけが人間にとって大切なのではなく、「良く生きる」ということはより大切であり、この世が苦痛に満ちたものであるなら、この世から去ることも1つの道であると考えた。口―マのストア哲学者たちは尊厳のない人生よりも死を選ぶことは高貴な英雄的行為であるとした。 16〜17世紀の英国の思想家べ一コンは、その著「学問の発達」の中で、不治の病で苦しんでいる患者に安らかな死を与えることをeuthanasiaと呼んだギリシア語でeuは「美しい、良い」を意味し、thanasiaは「死」のことであり、「良き死」を意味する。 !960年代後半頃より人工呼吸器の発達普及によって、回復の見込みのない患者が点滴を受けながらただ生命を延長させている状況が多くなってきた。さらに栄養補給の高度な進歩は、長期間の生命維持を可能とした。 こうしたことは、がんや不治の病いで苦しむ末期患者だけの間題でなく長年に亘り意識がなく、食事もとれず、手足の動きもない、いわゆる植物状態persistentvegeta vestate(PVS)の患者にどう対応するかということが大きな問題となってきた。 ヨーロッパではとくにオランダ、ベルギーでは安楽死法が成立し、他のヨーロッパ諾国でも、議論が活発に行われている。アメリカでは1972年、アメリカ病院協会「患者の権利章典」の中で、終末期医療における死の問題がとりあげられ、患者自身の人生観、価値感を重視するようになった。延命治療中止に係わる多くの訴訟が社会的注目を集める状況を背景にして、!997年、オレゴン州尊厳死法が施行された。 わが国でも患者の自己決定権を尊重するという基盤に立ち、いつ死を迎えても周到な準備のできたリビングウイル、アドバンスディレクティブを明示することを前提にして、尊厳死の法制化を議論する時期にきていることは確かである。本日は尊厳死概念の沿革、欧米における尊厳死問題の対応を俯瞰し、これまでの日本医師会の考え、そして今後の課題について述べてみたい。 |